最幸自速で夢を叶える魔法の法則
最幸自速で夢を叶える魔法の法則
江戸っ子×繊細×クリエイター | 最幸自速で夢を叶える魔法の法則デザインミー

江戸っ子×繊細×クリエイター

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下町育ちの泣き虫で繊細、正義感のあるいたずらっこ

東京下町の洋菓子とパンを製造販売するお店に生まれ、共働きの両親と祖父母に囲まれ育つ。

昭和な町並の中に佇む洋風のお店。店内のショーケースの裏に隠れては絵を描きながら、BGMは母や祖母のお客さんとの会話だった。

厨房では父や祖父、職人さんたちに混じって手伝うこともよくあった。
忙しい家族の愛をそばに感じながら、ひとりの時間も多く空想によく耽けっていた。

商店街のおじちゃん、おばちゃん達に可愛がられ、たくさんの居場所があった。

月に数回開かれた商店街のイベントでは、大人たちに混じり一丁前に手伝っていた。

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小学校、学校祭の案で煮詰まっていた中、新しいアイデアを出し皆に喜んでもらえたり、代表委員に立候補する友人のためのに替え歌を作りステージをプロデュースしたり、運動会でチームのコンセプトを決め看板をデザインしたりと、自分の得意なことで人に喜ばれることが好きだった。

学級委員長などリーダーをやる機会が多く、先生に気に入られることも多かった。

一方でいたずらチームの副班長でもあったため、学校や地域でいたずらをしてはよく怒られては泣いていた。

いまだにいたずら好きで、子どもたちにいたずらしては怒られる始末。いたずらや冗談を言うと、おしりペンペンの刑が我が家のルール。

それでも僕は子どもや奥さんの笑顔を見たいため今日もいたずらを考えている^^

人生を決めた一択の夢

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中学では越境をして、一から友だち作り。


サザン、尾崎豊、Xjapan、森高千里にハマり、ミュージシャンの夢を持つ。

仲良い友達は数人といる時以外は、ひとりでいることも好きで、授業中は、作詞をするか小説を読むことが多かった。

自分の意思がしっかりしている方で、頑固な面があったからか、ガキ大将にトイレに呼び出されたこともある。

面白いことに、当時同業さんだった彼とは今、起業家として仲良くしている。

高校受験が終わったらエレキギターを買ってもらうと父と約束をし、勉強に励んだ。

合格発表日、夕方になっても結果通知が届かない中、父は十分がんばったんだからとエレキギター買ってくれた。

僕はこの考えを受け継ぎ、自分の子どもたちにも同じようなことをしてしまい、子どもから甘いと言われている。

とはいえ、次々と夢を叶える僕の姿を見て育った3人の子どもたちは「願いは叶うものだと」と潜在意識レベルで確信している…はず^^

だから、塚本家ではなんでも叶う前に「どうせ叶うし」ってことで、『予祝パーティー』をしてしまう今日この頃w

夜中駅での弾き語り。美大卒制で唯一の落選

高校の記憶は3つしかない。

1つは生涯をともにする彼女と出逢えたたこと。

2つ目はバンド

3つ目は…

3つもない^^;

今、自分をデザインできるようになった僕が言うなら、自分で楽しめることを選択できていなかった。ということ。

僕は部活も入らず3年間、文化祭も欠席。

最後の1年は、学校に行くよりも電車を途中下車して、お気に入りの公園でお弁当を食べ、詞を書き、湖の鳥を眺めてほっこりすることが日課になっていた。

夜中、駅で酔っぱらい相手に弾き語り

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この頃、夜中駅へ行き、酔っぱらい相手に弾き語りをして歌の練習を兼ねてお小遣い稼ぎをしていた。

酔っぱらいに絡まれながらいろんな曲を歌った。

お金をもらうには、自分が歌いたい曲ではなく相手が聴きたい曲を歌うことが重要なことも知れた。

こんな調子のまま大学生活が始まる。

僕が最初に行った大学は、「彼女が行くというから」が志望動機。

案の定、僕はあまり学校へ行かず、バイトとバンドと彼女との時間を過ごしていた。

当時から子どもと関わること、人に教えることが好きだったので、バイトは塾の講師や家庭教師をしていた。

ある時大学で、教科書にぎっしり描いた僕の落書きを見て、友人に褒められ美術系大学を夢見るようになる。

本屋へ行き受験情報を調べてみると、すでに受験まで3ヶ月。

僕はたまたま見つけたアトリエに突然飛び込み、美術大学の受験用にデッサンを教えてほしいと頭を下げた。

講師には猛反対されたが、運良く僕が話した方はたまたま居合わせたオーナーだった。

「受験用のアトリエではないけど頑張ってみたら?」と、笑顔で了承してくれた。

それからは大学時の授業はすべてキャンセルし、アトリエに通った。

おじいさん、おばあさんたちがゆったりと大きな油絵を描く中、僕は必死にデッサンを学んだ。

美大で唯一の卒制落選

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3ヶ月後、晴れて美術大学に合格。

専攻はコミュニケーションデザイン。まわりは皆、グラフックデザインを制作しプレゼンするのに対して転校生の僕は、絵ではなく音楽で表現したりと周りと違うアウトプットをしていた。

その結果、先生たちからはあまり良い目でみられなくなっていく。

単位関係なしに興味ある別学科の授業に一人で出席しては美術、文芸、写真、音楽などを学んでいた。

卒業制作では、友人のアニメーションのBGMに力を入れた。

僕自身の卒制は、やはりデザインではなく、名画を社会風刺的に表現したファインアートだった。

独自の世界観過ぎたのか、普段の印象がよくなかったのか、学科唯一の落選で展覧会に出られなかった。けれど、なぜかめでたく卒業することができた。

卒業後、ミュージシャンを目指すためフリーターになる。ここから僕のどん底の6年間が始まる…。

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